碧翠記 このページをアンテナに追加

2007-08-13 (月)大和の『や』

大和』というと、帝国海軍の坊ノ岬沖に沈んだ6万4000トンの戦艦を思い浮かべるが、これは二代目。

初代は葛城型スループの二番艦。1885(明治18)年5月1日進水、1887(明治20)年11月16日就役。排水量1,480トン。

1922(大正11)年8月28日、測量艦となる。

日本海中央部の堆を発見し、艦名から大和堆と名づけられる。

1935(昭和10)年4月1日、除籍。

その後浦賀港内に係留され、少年刑務所の宿泊施設となる。

1945(昭和20)年9月18日台風(枕崎台風)のため鶴見川河口付近で沈没。

1950(昭和25)年、解体される。

姉妹艦に葛城(一番艦:ネームシップ)、武蔵(三番艦)がある。